映画『望み』ネタバレ感想 迫る演技と撮影で感情が渦を巻き滂沱と怒りで大変になった

ネタバレだらけ映画の感想
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鑑賞後暫くしてふつふつと湧き上がってきたのは、怒りの感情だった

鑑賞後の感想で同じ人は見つからなかった。

よろしければ、そんな考えの人もいるんだな枠で読んで頂けたら幸いです。

 

【息子は殺人犯なのか、

それとも犠牲者なのか】

映画『望み』を観た。涙がこぼれて止まらなくて、そしてフツフツと怒りが込み上げてきた。

ので、

途中から言葉が汚くなります。

ばっちい💧言葉が出てきます

怒りと憤りの感情が湧いてきた。

映画『望み』簡単なあらすじ

(敬称略)

石川一登(かずと/堤真一)は、自分が設計した家に妻の貴代美(きよみ/石田ゆり子)と息子で高1の規士(ただし/岡田健史)そして娘で中3の雅(みやび/清原果耶)と暮らしていた。

順調に思えた暮らしは、サッカー選手を目指していた息子の規士が足に怪我を負ってから狂い始めていく。

将来の夢がついえた規士は、家でも憮然とした表情を崩そうとしなくなった。一登が心を奮い立たせようとするも規士は不快な態度で反発し、夜遊びもするようになっていった。

年が明けた1月5日、規士の友達の倉橋が遺体となって発見された。前日の晩に家を出ていった規士は日付が変わっても、いつもなら帰ってくる時間を過ぎても帰ってはこなかった。

遺体が発見された現場から逃げたのは2人。

事件に関わっているのは倉橋を除いた3人。

3日後に主犯格の少年が捕まるが、もう1人の殺害を仄めかしているという。

息子の規士は果たして殺人犯なのか、それとも、事件の被害者としてこの世にいないのか。

世間は容赦なく苦悩する石川家に屈辱を与え、晒し断罪する。

事件の解決に向けて、一登・貴代美・雅の望みは交錯し対立していく。

 

憤りと怒りで言葉が汚くなってしまう感想

!!注意!!

いきなり結末ネタバレになります!!

 

 

 

   

あらすじに「一登・貴代美・雅の望み」って表したけど、きっと原作でも映画でもそうなんだろうけれど、私には『規士の望み』のように思える。

ついえてしまった規士の将来への希望のように思える。

作品で苦悩する一登と貴代美と雅が抱くのは『願い』なんじゃないかな。

『極限の切なる願い』

崇高な存在への願い。

自分勝手な解釈として、『望み』は将来に対する自分の意思だと思うから。

(キャ~~ッ💦、国語お詳しい皆様の眉間に皺が寄っている画が見えます、勝手な解釈なんですぅぅぅ💦)

 

夫婦それぞれの考えの違いで、ぶつかり対立する様は理解できる。高確率でそうなるだろうと予測できる。息子が生きていて欲しいという点は同じなのに。

事件が明らかになるまで、一登と貴代美の考えが一致することはない。我が子の命が関係しているからこそ、高ぶる感情を懐に収めるなんて出来るわけないから。

私立の難関一流高校合格に向けて、努力を惜しまない雅の未来への不安と焦燥も、それからくる兄が被害者あることを願うような言葉も理解できる。

  

誰よりも苦悩している石川家の家族に対して想像と憶測で攻撃し、情け容赦なく追い詰めていく世間というもの。感情の捌け口にしたり、利益を産む餌にしたり、営業成績扱いにしている存在も、この映画は映し出している。

石川家の家族が被害側だと判明しても、傷つけ追い詰め晒上げた行為を懺悔するどころが無かったことにする人間や集団も存在している。

そう思えば、憤怒に目が曇って一登に辛く当たった倉橋の遺族や取引相手である高山方が、真実が判明してからは懺悔と後悔の念にさいなまれる分何倍も人間らしい。

 

そう、そう思う。

 

そして、

やっぱり、

どうしようもなく怒りと憤りが込み上げてくる。

ここら辺から言葉が汚くなります。

 

 

元はと言えば、上級生のイカレタ糞野郎が諸悪の根源じゃないか。

カッとなった倉橋に足を折られたのだって、自分の性格と言動から招いたことで、自業自得だろ?。それなのに逆恨みして不良グループに頼み込んで、逆に相手から50万円を脅し取ろうとして、それで殺人事件になったんじゃないか。

事件に手を下していない糞野郎が、これからぬくぬくと生きていくのかと想像すると、はらわたが煮えくり返る。

糞野郎が醜悪な根性で、規士の足を潰さなければ殺人事件なんて起きなかったんだよ!。

だから、

映画の終末にある貴代美の「私たち家族は規士に救われました」で締めてしまうのが、なんとも嫌だった。自分の息子が殺されて、「救われました」の言葉で終わるの?

有り得ない。

最初に遺体が発見された倉橋の遺族の、掻き毟られるような無念や号哭する姿と比べると、気持ちを整え過ぎじゃない?「嘘、無理、理解できない」と共感できなかった。

 

規士の最後を伝えるために警察が石川家を訪れたあたりから、心の中で(嫌だ、嫌だ、嫌だ、ふざけるな!、ふざけんな!、ふざけるな!)って叫んでた。

映画が終わるまで、嫌だ!ふざけるな!、心の中で叫んでいた。

   

映画が終わってからは、泣きはらした顔で怒っていた。

のらりと生きていくだろう糞野郎は絶対に許せない。

高校生だろうとそれが何だ?関係ない!。

 

~もうこれからは、恨みつらみ無しで生きていきます~なんて絶対に無理!

愛情を舐めるな!糞野郎をどうしてやろうかと考えを巡らせていた。

 

規士はサッカー選手の夢は消えたけれど、父一登の言葉から将来の夢を見付けた。

リハビリテーションで働いて、自分と同じような人を支える人間になりたいという夢だ。

両親からの愛情を受け支えられていた規士は、ひとつの夢が破れても立ち上がり困難を乗り越えていける、強く優しい青年に成長していた。

規士が事件に巻き込まれたのも身勝手からじゃない、困っている友人の倉橋を助けようとしたからだ。

  

ふざけるな!

ふざけるな!

ふざけるな!

思い出しても憤る。

静かな顔で「ちょっと」と言って出ていったのが最後の姿だなんて、耐えられない。

心優しい子ほど親に迷惑をかけたくないから自分で解決しようとする、とか、それを誘因にして締めにするなんて理解も納得も出来ない。

 

ふざけるな!

 

という、

皆様とは違う感想を持ったのでした。はい。

(ふざけるな!、何回出た?)

(8回?)

(今は落ち着いてます)

(ここまで感情移入したのは、役者の皆様の力量以外ありません)

 

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